みらい21かなる - 社会福祉士 山眞弓

みらい21かなる

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反貧困のゆくえ

10月8日 発表された、【立憲民主党の政策の5本柱】 1. 生活の現場から暮らしを立て直します 2. 1日も早く原発ゼロへ 3. 個人の権利を尊重し、ともに支え合う社会を実現します 4. 徹底して行政の情報を公開します 5. 立憲主義を回復させます。ここを、支持して良いのでは無いか?

 

今日本に貧困が蔓延しているのは、個人の生活態度のせいでは無く、不安定雇用と、賃金の低下、労働環境悪化、生産工場が発展途上国に移り、失業率増大が根本問題。先進諸国では共有である。

 

なので、深く考えて買い物をしても、限界がある。昔は安定雇用で、ボーナスが出て、定期昇給があった。残業代も当てにできていた。年収額が違う。

 

今では、雇用と失業中の生活費保障、その連動が先進国共通の新しい社会保障の動き、フランスが「連帯」の伝統を生かして、社会保障の全改革を進めている。保革、右翼左翼が争って頓挫すると言うことなく、協力して 国民の生活、社会保障を新しくしている。

 

貧困をどうとらえるのか?
貧困は、いわばイメージであると言う人もいる程に、各人各様、社会によって貧困の水準が違う。食べて行ければ貧困ではないのか?とか。なので、貧困と言う言葉のイメージと現実を繋げる事が工夫がされていて、19世紀には「貧困線」と言う一定の低所得額を決めて、それより下は貧困とし、貧困政策を組み立ててきている。

 

産業革命時のロンドンは、農村から流れて来た人達の、多子、劣悪住宅、児童労働の蔓延であった。そこで始めて貧困とは抽象的な話でなく、具体性ある政策論争ができる「貧困線」こそが、貧困研究の歴史的な金字塔であった。

 

貧困政策は社会保障の根幹
これを壊しそうなのが、若い貧困学者として登場、マスコミにもてはやされた派遣村の村長だが、彼の貧困、社会的排除は「参加の欠如・不確かな帰属」とする。こういう事では、どんな人にも当てはまり、且つ当てはまらない。現実の生活問題のどこをどう切り取って問題にして政策を打つのかが見え様が無い。

 

貧困とは、物の考え方、感じ方の問題では無く、現実の貧困生活の何をどうするのか、たとえば低所得と結び付けると言う手続き、貧困線(低所得額)を特定して、これ以下なら政策的に、所得補填が必要だという事になれない。

 

こういう事なので、民主政権下で鳴り物入りで、内閣府参与(緊急雇用対策本部貧困・困窮者支援チーム事務局長、内閣官房震災ボランティア連携室長、内閣官房社会的包摂推進室長)でありながら、民主党政権は社会保障関連の制度一つ残さずに終わった。

 

彼がこのポストで実施した貧困調査が一時はネット上にあったが消えている。これが本当に酷かった。

 

 社会保障の根幹、住宅政策
社会保障制度とは、年金、医療介護福祉保育などの社会サービスに、ヨーロッパでは居住福祉、住宅問題を社会保障の根幹におく。

 

世界の戦後の住宅政策は低家賃、妥当な水準の公的住宅拡充で始まり、やがて質の高い住宅の商市場による供給と並立、現在は郊外の古い移民者などの住まう団地を、環境問題と込みでの再開発の動き、環境都市の流れもある。

 

日本は市場による住宅供給が柱だったが、人口減少、若い世代の引きこもりニート、不安定雇用の世相であり、民間の老朽空き家問題があって、高齢世帯が扶養する中年にもなる引きこもり家族を抱えての住宅。この生活が今後の問題であろう。ホームレス問題と込みではないか。

 

 フランスの社会保障
フランスは日本より10年も早く若い世代の失業率UP。不定期雇用などと今の日本のようであった。そこで保守層から始まり、国中の議論を巻き起こした新しい貧困「社会的排除」の議論で、若い世代の雇用と失業状態への職業教育、就労支援をセットにした生活保護制度を作り、国中がこの制度を使い始めた。

 

リベラルは排除だとか、踏み絵を迫って公認しない!などとエキセントリックな風潮とは対照的である。衆議公論で進める事こそが民主的、国民のいろいろな意見が出そろった。

 

それから、福祉国家の社会保障制度は、安定雇用者がモデルでは不完全、もう穴があいているとの国民的な議論。社会保障制度全般をグローバリゼーション経済下の、新しい制度へと変換を進めている。

 

  日本の社会保障の骨格
人間の生活は、レヴィ=ストロース流に言えば、生物的存在としての人間として、まづ飢えをしのぎ、そして子を産し家族を営み、集団を形成するのだろうが、縄文人でも竪穴住居、定住のための家を手当する。

 

住まいがあって、医療教育介護にアクセスできるならば、所得がなくても、ホームレス状態とは違って、夜間の安全な睡眠、寒暖の厳しさをしのぎ、プライバシーがある。後は賞味期限切れのコンビニ弁当を頂いても、病気も安心、生きて行く事はできる。住宅、定住の住まいが無いのが、一番の困難であろう。

 

住宅が有れば住民だ。近所も、知り合いもできるかもしれない。なので、何よりも日本では居住福祉を中心に据えるため、せっかく有るのだし、空き家を整備して国家の住宅保障のための社会資本として整備できれば、若い人達にとっても、自立の環境として、良いのではないか。

 

引き込もりやニートと言われる世代を扶養する高齢者にとっても、身は随分軽くなるであろう。子世代にとっても、その住所地において地域住民であり、社会参加の地盤を獲得する事にもつながる。

 

なので、日本では社会保障制度は、所得保障と住宅保障を、今ある空き家等の老朽施設などの整備を通して、社会住宅システム、社会資本の底上げが必要ではないだろうか。

 

住宅保障とセットの所得補填、所得保障は圧縮もありえる。国民の生活を国家の側も、節約して、可能な限り守り抜くために、住宅が社会保障の根幹かも。

 

すべて貧困対策は具体的に。先ず住居があればこその、地域への帰属、地域社会への参加である。具体的な社会調査により、住宅等各分野の社会の最低水準(貧困線に相当するライン)を明確にした上で、そこに満たない部分の補填を社会的に行うシステム、それが社会保障の政策設計であり、EUの貧困調査は極めてこの方向で、全ての社会調査を動員して、社会保障を設計している。

 

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今回小池都知事を産むにあたっての影の力になったと思われる、共産党系の弁護士宇都宮健児氏は、政策通で、サラ金関係の被害者救済の活動家であったと言う。

 

この種の知識人達のうち、マスコミに非常に好意的に報道されているのが、この人の他には派遣村の村長さん。そしてもう一人が、アメリカの貧困問題で登場した若い女性ではないかと思うが?この方の夫君は維新の国会議員、薬害の当事者運動で有名であろうか。

 

この人達は何故に左翼であって、マスコミに優遇され続けるのだろうか?いざ、貧困問題が社会問題化した時の、最高裁事務総局が国民を勘違いに誘うため、その為のマンパワー・オピニオンリーダーでない事を祈る。

 

この方の対談では言語能力がいまいちっぽく、高名な政治評論家の実娘だそうで、その関連の優秀なゴーストライターでも書いているのかな、と言うのは私の妄想。

 

私自身は共産党系の弁護士事務所で、医療過誤の訴訟をしている。その後この維新の夫君と「一緒にやれるか?」とかとか尋ねられ、それが引っ掛かり後日、この当事者たちのパーティに向かうエレベーターの入り口で、私は踵を返して入りかねたのだが。

 

貧困問題のエキスパートとしての、その結果の民主党政権の社会保障、貧困政策の無策では困る。この人達の政治的役割は何だろうか?なぜマスコミは、小沢一郎、植草教授に対するとは対照的に優遇し尽くすのか?今後は左翼系の知識人、マスコミのもてはやされる人々の裏側を想定する事もありではないだろうか?

 

医療裁判の集団
私の医療訴訟は最後にたどり着いたのが、共産党系の有名弁護士事務所。私の示談書は、世にも珍しい、前文付きであった。こういうのは家だけで、他には見たことがない。示談金はゼロ、この件で別争点を立てて争わない事を約束させられ、当方が訴訟を提起した動機は責めないというわけだ。

 

その時、有名な薬剤被害者の若者と共に動くみたいな打診をされ、何とも不思議な感じがした。維新の代議士、緑の党の代議士もそうではないか。

 

あの集団は、政治的に動く当事者集団だが、案外最高裁事務総局がその日に為に用意しているマンパワーでもあれば、ピッタリかもと今思う事もある。あの薬害訴訟の和解金の明細はマスコミは報道せず、当事者以外は知らないのではないか。どれだけの莫大な税金が医療界へと流れたのかを含めて、水面下ではなかったか。あの正義の戦いは?

 

─/靴靴だ権のゆくすえ
これから激動の時代を迎えて、沢山の嘘と騙し、陰謀が渦巻くであろう。その時、左翼なら大丈夫という事は無い。フランスの5月を思い返そう。当時「フランス共産党」は対ナチ・レジスタンスの党、戦時中戦い抜いた唯一汚れていない政党として、圧倒的な影響力を誇っていた。

しかし意外なことに「我々は労働者である」と日ごろから主張していた人々(共産党・社会主義政党)の方が、自発的に参加している労働者たちを、組織を使って抑え込んでいったのも歴史である。

 

左翼が嘘を言わないという事は無い。菅直人は、民主党政権勝利の公約を、全部ひっくり返している。正義の味方、労働者階級の為に、弱者救済だけが目でもない。自党ファーストもあろう。日本のヒットラーのような、小池都知事を産んだのは、宇都宮さんの、鳥越さんセクハラ疑惑の強化発言も大きいかったであろう。

 

今回日本共産党が、この情勢下で、憲法9条を第一に言わない理由も不思議。戦争ではなく外交問題で解決するという事だが、それならばそれはナポレオン戦争の時代からの永遠の真実であろう。わざわざ日本の戦後に永らく9条を強調する必然性、今回言わない必然性が不明だ。

 

21世紀、極東で、アメリカと北朝鮮の代理戦争をけしかけられている今日の情勢下で理由を語られないのは、ますます不思議、きな臭いとか、私の妄想だが。

 

 みんなで口出し。衆議公論で政治を変えよう
こうなると、ますます噓を言わない、陰謀で国民を騙さない人が良い。左翼共産党も、嘘で固めた裏側を持っている可能性も想定しつつ、日本の国が戦争を始めないように、若い世代の暮らしがよくなるように、警戒しつつ、連帯を深めて、本当のことを言い合える社会を目指して、日々がんばることであろうか。

 

原発を廃止する基本法成立賛成。加えて、こういう理念法には作業工程が必要である。障害者権利法ある日本の精神障碍者は、世界に類を見ない長期閉鎖病棟に収容されている。理念法には現実問題とを繋ぐ工程表が必要である。

 

ここは粘り強く、生産工場の国内操業を目指しつつ、新しい社会保障(所得補填+居住保障+医療介護保育職業教育)のある、安全な食料を生産する農業立国、食料自給率が問題だ。その方向で少しづつでも動く、嘘を言わない、正直な政府を立ち上げよう。その中に、日本の国が、こつこつと生き延びる途を、見つけることではないか。

| 貧困問題 | 08:45 | comments(0) | - |
女性の貧困
ある記事。「貧困女子の金銭感覚に驚愕」した話では、その貧困女子は、クレジットカードは怖いので、キャッシングしているとか(利子がつくことを考慮しない)。さらに安くてお得なので3台のスマホを使っている」とか。(一人2万円のスマホ代も払っていると)
 
ペットの餌代やホテル代、自分のたばこ代が借金の理由なそうで、駅前で返済するという臨場感あふれる描写付きだ。そして貧困女子は金銭感覚がおかしい人が多いとの結論である。
 
これは大変失礼な話ではないだろうか。
 
不安定雇用しかない女子の場合、こんな事はできない。キャッシングに利子がつく事も知らない人が、今どきの普通の社会人とは思えない。スマホに2万円を支払う貧困女子には、親か何か別途収入がないと、食べていけない。
 
貧困女子の生活態度、金銭感覚、生活習慣が悪い、おかしい人が多いのが貧困、貧困は個人の責任だと印象付けようとしている。しかし男性でも難しい安定雇用への道、女子にはさらに厳しいんだから、不安定雇用、あるいは時間給の世界も多いだろう。
 
その上、日本の住宅政策の貧困、家賃は生活保護でも53,800円を負担する。今の日本の住宅政策、社会経済の変化に非対応、何よりも雇用の変化が根本の問題である。
 
それなのに、雇用の変化に対応できない国の政治問題とは関係のないのが貧困だ、個人の生活態度だ、それこそ問題と思わせるための、騙しのテクニック満載、悪質な記事ではないか。それが拡散されている。拡散するマスコミ自体がシロアリだった。女子の就職環境、賃金水準、雇用形態が問題なのに。
 
一方のみずほ総合研究所政策調査部は、「団塊世代が2017年に70代に突入することは、要介護状態にある高齢者の増加要因となる」と指摘する。さらに、「その子ども世代である団塊ジュニアは、未婚率が前の世代よりも高い。未婚の場合、親の介護を自分1人で引き受け、仕事と両立できなくなるケースも出てくるだろう。」と指摘する。
 
また、「介護の場合、突然問題に直面することがあるし、終わりや先行きの負担が見通しづらく、介護を行う人が精神的疲労を抱えやすい」(大嶋氏)という点が、介護離職の大きな要因になっていると。
 
介護離職を減らすためには、社員が長期間にわたって柔軟な働き方ができるような職場体制に変えていく必要がある。たとえば、介護休業の利用促進、フレックスタイム制の導入などは有効だ。これまで子育て期の女性社員に対して使われてきた「仕事と家庭の両立」という言葉は今後、すべての社員に対して使われるようになるだろうと。
 
こちらは、前の乱暴な論理とは違うようでいて、結局は同じではないだろうか。騙され、勘違いを誘われる。今の労働環境のままで、24時間を上手く「やりくり」して行こうという感じにさせられる。それができない程の3Kが問題。
 
今、夫婦が「時間給なんぼ」の世界で働いて、生活を維持する社会だから、「仕事と家庭の両立」は男性、女性共通の、すべての社員に対して使われることになっているのに。
 
その上「介護休業」の賃金は法的な定めが無く、それぞれの会社の判断に任されているので、正社員でもない場合に介護休業と言って有給で休める人は皆無ではないか。(雇用保険に加入している場合は条件によって収入の40%程度を上限とした介護休業給付金もある)
 
これでは休めない。かつ突発問題は介護される側にも起こるが、介護する側にだって起こり得る。3K職場での疲労であり、長引けば自分の医療が問題であろう。24時間をやりくりできても限界がある。
 
安定雇用なのか、賃金水準はどうか、有給休暇は?医療は?それによっては無理もせざるを得ず、結局退職を選ばざるを得ないのではないか。介護労働する側、働く人の医療や生活が問題、生活が成り立たない。つまり賃金、収入を含めて、社会保障全体が問題なのである。
 
そこに目を向けさせずに、目先の時間のやりくり、個人の生活態度、個人の責任問題へと、目を向けさせる記事ばかりが拡散されている。
 
私達国民の側は自分の生活を守るために、明日の家族の生活のために、5年後の未来の生活のために、社会保障制度へ目を向ける事である。

その議論を一人一人が初め、拡散もして、考えを出し合い、次回の10月の選挙までには、纏まることでないだろうか。
| 貧困問題 | 11:06 | comments(0) | - |
最低賃金1500円
とうとうこういうデモが起こっている。労働の形が変わったので、最賃は学生や主婦の問題ではなく、一般の国民の生活問題となったことが分かる。
 
最賃が1500円だと、週5日8時間労働できれば、年収は350万円、夫婦で700万と言う計算だろうか。ボーナス無し、有給無しは、変わらずだけれど。
 
若い世代は、まだ元気だから、医療保険税(国保税、健康保険料など)は払うばかり、医療にあまりかからないのであれば、「取られ損」とも見えるのだろう。
 
しかし人間はいつまでも今の体力が続くわけではない。40代に差し掛かる頃には、病気、怪我などに備えないとくたびれてくる。また、家庭生活が大切、子供と一緒にに過ごす時間は大切、切実にもなるだろう。
 
最賃が国民の生活の重要部分を支える時代、若い人は最賃アップ、中年勢は社会保障の充実、安全でリーズナブルな医療、介護、育児支援に目を向けていく。

そういう両面作戦で、国民の生活のベースを守る政策論議、国民を大切にする社会保障に動き出す、そういう政府を作る事であろう。
| 貧困問題 | 11:03 | comments(0) | - |
社会的排除-新しい貧困-の指標
特定秘密法が成立。見猿、聞か猿、言わ猿だったか、400年以上も前に家康が望んでいた姿、日光東照宮の三猿を思い出してしまう。情報公開、住民参加は絵に描いた餅だ。判断するための情報が無い中では、お上の政策を受け入れるしかないもの。
 
自分達の国の歴史経過を知らない国民が、自分達の幸せをどのように描けるだろうか?マスコミや、政府の言う事をなぞるしかないだろう。それが狙いか、歴史事実は少数の官僚だけが知っていれば良い。反対を許さない装置であろう。
 
国民は、税金を徴収されるのに、そのお金で何をどうするのか、どんな理由で、どんな検討を経て、何をしたかが、分からなくてよいと。ああだがしかし、ここで絶望するのは早計だ・・
 
平和憲法の下、非核三原則の下、憲法の人権規定にも拘らず、日本の国内津々浦々の米軍基地にはアメリカが必要な時はいつでも核兵器を受け入れるのだし、自衛隊は今や国外にまで出かけるのだし、小沢一郎、植草教授、鈴木宗男、フクシマの前佐藤知事、三井環((元大阪高検公安部長)などは、何もしないのに投獄された。
 
私は過去の犯罪も証拠も全く無いので、未来に犯罪を犯した事にできるような工作を現在進行中にされる事もある。力ある人にとって都合の悪い人間の人権は一つも無い国、何をしかけても良い国が、今の日本。それが現実である。
 
日本的革新の議員さん達の様な「甘ちゃん」ではいけない。この相手側の手筈をよく眺め、この法律を盾に、この法律の真逆をどう造り上げるかである。法律家はそのために知恵を絞って、その為の学習すべき特定機密法の運用を、考え廻して欲しい。野生の思考かも。
 
社会的排除という新しい貧困を統計的に把握する指標に、社会参加からの排除という項目がある。その最初が「選挙権を行使しない事」で、次に医療保険や年金に加入していない事がでている。棄権することが社会的排除(新しい貧困)の指標になっているのには驚く。
 
またアマルティア・センというノーベル賞経済学者の貧困調査項目には、早死にしない事(戦死は若死にの最たるもの)も入っている。国とは、最後は人間を戦場に送って死さえ受け入れさせる力である。平均寿命を生きられない事がないよう、「そんなことはいけない、自分の命、家族の命が大切、家族の苦労を増やすな」という意思表示をする事が選挙ではないだろうか。
 
これからは戦場へと駆り立てられるかもしれない若い人達こそ、政治を変えなければいけない。自分と家族の幸せのため、戦死をしない事(平均寿命を生きる事)、反原発、そのための選挙がやって来る。
| 貧困問題 | 09:42 | comments(0) | - |
EUの社会的排除

 1985年にEU入りしたドロールは、当時のフランスではミッテランの対抗馬的存在であり、経済予算省などを歴任していた。ミッテランは彼を閣僚から外してEUに送った(?)。

そのドロールはフランス社会に広がる貧困を巡って、貧困者、カールモンドと呼ばれる人々(第4階級などと言う意味の差別的呼称)への支援現場、人道的アソシエーションの指導者、ウレザンスキー神父が主導した、大変すぐれた貧困実態調査(ウレザンスキー報告)、そしてマスコミの「ホワイトカラ―の貧困」のキャンペーン等フランスの貧困を巡る議論をEUサイドでキャッチできたと思う。

ドロールは
1994年『社会政策白書』1994
年)をもって、サッチャーらニューライト側の指摘を一部いれつつ、新しい基本路線、いわゆる「欧州社会モデル」を提示する。

「激しい競争原理の下では弱者が社会から排除される危険性が高い事を考慮し、排除ではなく仕事を通じて国民全体を社会的に統合する連帯の道を選択した」と。厚い福祉給付を改め、長期失業者層、財政赤字、福祉受給者に配慮し、福祉国家政策の限界に配慮したと受け取れるワークフェアへの転換。

その政策転換のキーワードは「社会的排除」であり、その人達の社会的包摂が求められた。この概念はアマルテイア・センも支持して、今やILO、世界銀行、今や発展途上国においても通用する言葉になっている。

しかし、
EU
においては本来多次元的な社会的排除が「労働市場からの排除」に限定的に理解され他の次元は切り詰められるなど、政策執行側の意図によっておあつらえむきの概念となっているとも指摘される。では「排除」は「貧困」や「剥奪」とどう違うのだろうか。

排除の特徴といわれる多次元性、相対性、規範性などはみんな同じだが、排除だけは貧困が時間的、空間的にどう変化したのかを力動的に眺める。それは社会関係性という時間や空間的に広がり、刻々と変化する事象を焦点とするからであろう。

さらに排除とは、相手のある問題設定であり、排除される人達ばかりでなく、排除する側の社会の側、社会のあり方や文化が問題となる。欧州の反排除、包摂の制度は、特殊な人々への政策では無く、社会保障制度全般の変革、普遍的な制度構築をめざしている事からも、それは伺われる。

排除は、今拡大しつつある貧困を、社会関係性を軸に、排除される個人、排除する社会の質、文化の双方を俎上の載せる概念であろうか。

| 貧困問題 | 09:00 | comments(0) | - |
フランス由来の社会的排除
1980年代にフランスで発展した「社会的排除」と言う貧困。共和主義的なフランス社会にとって「排除」とは社会的紐帯からの排除。それは社会の危機として捉えられたという。紐帯は「じゅうたい」と読み、社会学系の人は結構良く使う。

 

昔の女親は赤ん坊を「おぶい紐」でおぶって、(標準語ではおぶい紐を何と言うのか分からない)米を研いだり、洗濯していたあの姿を思い出す。進駐軍は日本女性と同衾する時、「Stringstringstring・…(紐また紐、紐・・・)」と嘆いたそうだが、和服は次々と紐を巻いて結び、重ねて、重ねて結び、最後は長い帯をぐるぐると結び、その上に帯止め、帯上げなどなどと続く。日本文化は紐の文化である。

 

紐帯と言う言葉が、どういう言語の翻訳なのか私には分からないけれど、何とか落ちないように繋がらしてくれる、そう言う共同性。パリコミューンは100日くらいで消滅したと思うけれど、フランスにはその伝統があるらしい。

 

そんな紐帯だが、貧しいから、理由があるからと「そのフランス人を排除するフランスは、フランス人のアイデンティを損なう」、そう国民的に受け取られたと言う。そんな展開があって新しい貧困「社会的排除」はフランス社会の中心に居る人々、メインストリームの問題となり、フランスはRMIを実現させたと言う。この解釈は綺麗事だろうか。

 

だいたいフランスではマスコミが独立している。権力側、アメリカ側のポチとして口を過ごしている日本のマスゴミとは全然違う。政権批判が的を得ていた。

 

日本も独立しなければいけないのだ。税金で集めた日本人の金は、アメリカが吸い上げる為、そしておこぼれを確保する為に使われては困る。自分達の子供たちの未来の為に、貧困を防止して生きる為に、社会保障制度が経済のグローバル化の中で必要である。

 

共に生きる人々を大切にする。今こそそれが歴史の真実。そうででないと次世代を守りきれないのだろう。政治が貧困拡大を左右する。

| 貧困問題 | 06:43 | comments(0) | - |
福祉国家の理想

福祉国家の財政基盤が旧植民地、発展途上国側の安い原材料費に負っていたので、なにかの経済政策をちょっといじれば、昔の栄光が戻ると言うのでは騙しである、そう言って国民に幻想をふりまくのが今の政権である。社会保障制度による、国民生活の不安定さを支えていく仕組みが必要である。

 

福祉国家の理想は全ての人にシティズンシップを保障しようとするイギリス、共和制の伝統なのか、連帯を求めるフランス、この社会性は、内部に沸き起こった新しい貧困を無視する事は無かったようである。

ブレアの社会的排除対策室(Social Exclusion Unit)の対応は有名だし、フランス、ミッテランはRMIエレミと言う所得要件だけで受給できる事実上の普遍的な所得保障制度を選挙公約通りに実現させた。シロアリの前野田総理は、公約を実現しないばかりか、その反対の事をすすめて顔つやつやと在任していた。

ミッテランは5月選挙、12月法制化している。何という違い。
主に若い層、子供を抱える一人親世帯が利用して、貧困からさらに落ちない社会制度をつくったわけだ。実施するや申請が集中してみんなが使った。3年で200万人。2008年にサルコジがこれをワークフェア的に改悪したが、今度の大統領はどうするのか注目だ。

 

日本では2009年まで相対的剥奪指数でさえ発表されずに経過し、民主党政権になってから15.7と世界第2位で驚かされた。その前は資料のある1985年までだけやっとこさ「どろなわ式に算出」されている。これではいけない。

 

1980年代のフランスは、10年前の日本の状況と良く似ている。日本もできるだけ早くグローバル化した世界経済下の国民の生活、従来の社会のメインストリーム(安定雇用層)にまで及ぶこの貧困の拡大を、実態調査する事。次いで貧困政策を中心に据えた社会保障を急がぐ事。そうでないと、国民は苦しみ、国力は落ちて、悲惨な国となるのではないだろうか。

 

「新しい貧困」は今動いている貧困拡大を追いかけて、その打つべき政策を見つけられるよう、脱貧困の筋道をつけるために、有効な概念である。力動性、多次元性と言われるその特徴は、多次元に渡る原因が、相互に影響し合い、今進行している事態にどう楔を打つのか、貧困の拡大を逆向きにたどるような思考回路を示してくれる。

 

貧困実態調査のデータが求められている。そして政治の決断である。選挙公約、これを平気で無視し真逆を進める日本の政治を変えて、国民が嘘を言わない政治家を選ぶ事、かつその監視が出来る国民になる事だと思う。

| 貧困問題 | 10:45 | comments(0) | - |
新しい貧困、社会的排除

新しい貧困と言われて、1990年代から福祉国家をたばねるEUの社会政策の転換のキーワードとなったのが、「社会的排除」概念である。

 

1970年代、福祉国家の内部には、戦後の「栄光の30年」を経た豊かさの中で、働くよりも厚い福祉給付に頼る事を選ぶ(貧困の罠)失業者層の固定化が指摘され、一方で財政悪化が進んでいた。フランスでは年平均5%の経済成長を誇り、失業率は2%で推移する。

 

先進国のGDPは付加価値だ、国民の労働により価値を産んだというが、それは発展途上国の安い原材料費が前提の引き算である。でき上がった商品価格から原材料費、諸経費の引き算である。

(1973年の第一次オイルショック前は1バーレル3.1ドルだった原油が翌年1月には4倍弱の11.35ドルになった。引き算する時の引く数がこれだけ増えた。GDPは減るだろう。)

経済のグローバル化の波は工場立地を追いかけて、先進国、発展途上国の国境を越えた、先進国労働者、発展途上国労働者の「低賃金競争」かもしれない。労働コスト削減だ。

 

生産工場は労働コストの節減を求めて発展途上国側にシフトする。先進諸国はオイルショック、アラブ諸国が原油価格、資源価格は安すぎると言い出されて、競争力を失い、リストラが始まり、労働市場は硬直化、不安定化へと向かった。

 

特に若い層では新規の就職、労働市場への参入、正規雇用への壁は厚くなる。今となっては社会的排除が社会のメインストリーム(主流に居る人達)にも広がる、正規雇用者の解雇である。

それまで福祉国家は失業者への厚い福祉給付を行う豊かな社会を維持してきたけれど、それができなくなった。失業率も10%が続いた。

それで1990
年代にEUは、厚い福祉給付を改めて、すべての人々、障碍を持つ人、女性、長期失業者も仕事に就くようにして、労働所得を得る事が出来る社会へ、ワークフェアへと社会政策を転換した。

 

その変換のキーワードが新しい貧困「社会的排除」、そして脱「社会的排除」である「社会的包摂」である。先進福祉国家の政策は、ワークフェアへと動いている。

| 貧困問題 | 07:46 | comments(0) | - |
絶対的貧困は貧困の核である
相対的貧困の議論は、あたかも絶対的貧困や貨幣的ニーズは終わったという文脈で受け取られた。しかし市場経済の席捲する21世紀となって今、国民の生活全体は市場経済にすっぽりと覆われ、そして格差拡大、苦しくなっていくなと感じる。

 

シャドウワークと言う概念が一般化したけれど、かつて高齢者介護、家事などは家庭内の婦女子の提供する無報酬労働、シャドウワークだったのが、介護市場の中で、外食産業、ホームヘルプなどと同じ市場で調達できる貨幣的ニーズとなった。

 

介護保険創設時を思い返せば、あの基盤整備とは、非貨幣的ニーズだった高齢者介護ニーズに対する介護サービス供給システム、介護市場を創り上げたのだ。結果高齢者介護は市場化され、介護ニーズは貨幣的ニーズとなった。

 

その介護保険でも、常に要介護度が認定されてもお金が無い、ヘルパーなどの他人を家に入れたくないと介護保険を使わない人達が居る。社会サービスを誰でもが使えるためには、その分担金を賄う所得保障、使うための相談が要る。所得保障、相談と込みでないと機能しない事がある。

 

グローバリゼーションの経済活動は、先進国、発展途上国双方の労働者の生活に困難を貧困を拡大して展開している。格差、不平等問題があって、物質的欠乏が人の精神を深く傷めている。投げやりになるのだ。「どうでも良くなる」と表現した野宿者がいた。

 

純粋な貨幣的ニーズも非貨幣的ニーズもあり得ない時代である。絶対的貧困は格差の厳しい所(相対的貧困者)にこそ深刻に居座っている「貧困の核」である。貨幣的ニーズへの対応が不可欠である。

 

貨幣的ニーズ、絶対的貧困への所得保証、そしてそれを軸に相対的貧困への支援サービス網、医療介護、就職支援等を利用できる事が脱貧困である。

 

絶対的貧困は今も昔も、貧困の核である。

| 貧困問題 | 23:26 | comments(0) | - |
非貨幣的ニーズ

しかし、高度経済成長以降の日本社会では、地域共同体から離れた都市生活者、集団就職した私達の世代は、所得を補填されても問題は終わらない。

 

病気になっても、保育、介護、家事全般を核家族内部で支えなければならないから、怪我、病気、障害などの不測の事態があれば、仕事を続ける事、生活を賄いきれなくなる。

 

こうして、都市化、高度経済成長、核家族化ともに、日本社会も西欧福祉国家と同様に、対人社会サービス(医療、保健、介護、保育等)が必要な社会へと変わっていった。非貨幣的ニーズがクローズアップされた。一億総中流であれば、貨幣的ニーズは表立っては見えにくく、非貨幣的ニーズ、社会サービスへのニーズは各家庭、各人により個別的である。

 

在宅福祉、地域福祉、サービス供給、福祉ミックスが政策の動向となる。対人サービス網をどう構築するか?介護保険制度導入、成年後見制度導入はその完成を目指していたのだろうか。

 

サービスを利用する費用は福祉サービスが無料であった時代には問題にならないが、今、介護保険の要介護度は出ていても使わない、病んでも病院には行かない人達が増えている。健康保険料の平成23年度納の納付率は58.6%(http://blog.livedoor.jp/roumucom/archives/51940500.html)なそうである。

 

お金がかかる、医療も、介護もお金がかかる。そのお金が無ければ医療も、介護も使えない。今「生活保護」を忌憚なく利用できる日本社会ではないのだから、ホームレス状態の人が散見され、子供の貧困が指摘され、さらには健康保険税の未納者が増えている。

ここに絶対的貧困と相対的貧困の重なりあいが見えてくる。

 

貨幣的ニーズがあり金銭給付を受ける為に、申請を支援する対人サービスが要る。非貨幣的ニーズがありサービスを受ける為に、お金(貨幣)が要る。

 

いまや人々の貨幣的ニーズ、非貨幣的ニーズも重なりあっている。貧困が絶対的貧困、相対的貧困と重なり合っているように。

 

| 貧困問題 | 19:27 | comments(0) | - |
 
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