みらい21かなる - 社会福祉士 山眞弓

みらい21かなる

TEL/FAX:03−3492−0735
ホームページはこちら ≫
慈愛あふれる人々
実は私は双子で後から産まれ落ちた赤ん坊。母はふたごとは知らず出産した。一人を生み落としてもまだお腹に子が残っていて、お産の最中に私達の集落の産婆「せおさんば」に双子と教えられていなかった事を抗議したというのだから。
 
抗議する母に産婆はただ「ほだー、がんばれ。」と答えたと言うのだが、これもどうだろうか。それから10分程で私は無事生まれ落ちている。当然の未熟児だった。
 
東北の3月初旬の寒さの中で、ほっておけば青黒く冷たくなってゆく二つ目の女の赤ん坊を、炬燵に深く入れて、両脇に湯たんぽを抱かせたと聞かされて育った。祖父の若い従兄弟がちょうど3カ月ほど前に女児(私の幼馴染)を生んで乳が多かったので、やってきてくれた。自力では乳も飲めない子に、ガーゼに乳を沁ませて唇をひたしてくれたと。そういうもらい乳だった。
 
翌日の朝、国鉄に勤めていた叔父は、朝出勤途中の私の父親から「二つ生まれた」と報告されて「山羊っこか?」と尋ね返したと。父親は「○○(母の名前)だ、○○(母の名前)だ。」と答えたそうだ。これは叔父から何度も聞かされた。
 
祖母の決まり文句では「わきの家(よその家)ならあきらめられた子だべが、利口なわらしだった。○○は猫よりました。」そうで、家から遠い「下の畑」に出かけるときは、四つ、五つになったろうか、祖母は私を抱き上げてリヤカーに乗せ、連れて行ってくれた。お昼はひいばあさんの実家の縁側でお弁当、お茶と漬物が出たにちがいない。
 
畑まわりで日がな一日、一人遊びだったのか、ひいばあさんの実家の男の子と遊んだのか。祖母に呼ばれれば、できる事は何でも手伝っているつもりの幼子であったと思う。
 
母は「せおさんば」を怒っていたけれど、小学校の通学途中の私に出くわすと、せおさんばは大声で「○○さんとこの双子だ。良く育った、大きくなったなあ。大きくなった。」とか言う。私はとてもきまりが悪かった。
 
このいきさつを今から読み説けばどうなるだろうか。多分、私は命が助からない筈の赤ん坊だった。母親さえも危ない。産婆の胸の内は、自然死、あるいは間引きもあり得たろうか。戦後の食糧事情の悪い、窮乏の時代、その家の5人目の子、まして女。
 
でも「せおさんば」も「せおさんば」で、取り上げた私に育ってほしかった、それが今では良く分かる。これが年の効だろうか。
| ふるさとの暮らし | 08:48 | comments(0) | - |









 
+ 相談室


相談は、対面で行う会話です。色々な思いを抱えて相手の顔、姿に接して、自分の言葉、感情の動き、動悸などから、自分で自分を再発見する場です。
どのような自分でも自分は自分。それぞれの自分を大切に生きる手立てを見つけましょう。
+ お問い合わせはこちら
TEL/FAX:
03−3492−0735
+ みらい21かなる

かなる(canal)は「運河」と言う意味です。以前の目黒川に面した6階の事務所から眺めると、目黒川がちょうど足下を流れているように見えて、まるで運河の上にいるようでした。それでベニスのグランカナールのイメージと重ねて、私達の事務所がいろいろな情報や物資を運び込むよう、21世紀の運河になるようにと名付けたものです。