みらい21かなる - 社会福祉士 山眞弓

みらい21かなる

TEL/FAX:03−3492−0735
ホームページはこちら ≫
美濃加茂市長への控訴の論点(11)
法システムの中の3つの要素(成文法・法機関・法曹職)
法曹職について
ところで、この法システム論は、法曹の役割について大変牧歌的に捉えているようである。社会の紛争解決ルールについて社会の求めるルールを法として創造する機能を持つ裁判官であり、法創造をする主体とされている。この位置付けは、法曹を優秀なコンピューターのように、社会の実態を性格に把握する存在として、法曹職は法創造をする役割を聖人君子にして、不偏不党、公平中正な、明晰なる頭脳部として現れる。

しかし私は、このような牧歌的、発達史観的議論に疑問を抱きつつ、もう一つの要素、法創造をする主体の思考の偏り、証拠を判断する法曹職も、一定の価値規範性を抱えて事実を判断せざるを得ないと考える。さらには裁判官の自己利益(組織利益)優先性尺度を入れて、その判断を吟味する必要もあり得るのかもしれない。

どのような事実判断も、価値中立的な事実判断を生し得ることは不可能であると言う理解が、厚生経済学の分野での、マルティア・センによる公理分析手法を産んでいる。戦後の法哲学の最大にして最重要な論点は、ナチスの法制度の生成と発展についての議論の中に埋め込まれているのであろうが、法実証主義が自然法主義か、そして法実証主義であっても、法的事実を事実記述的に読みこむ中に、価値規範性、観念性を完全に排除はできず、一種の偏りを抱えざるを得ない。その事がハートの言う「第二次ルール」と関連するのかもしれない。

あるいは、それらを繋ぐとも言える手法が、センのどのような事実認識も、価値規範性から全く自由ではあり得ないと言う前提に立ち、事実認識において、不可避的に抱えられる価値規範性を明示し、その上で各事実判断の意味合いを比較検討し、事実判断をすり合わせようとする考え方であると解釈する事ができる。

現下市場原理主義的な法解釈については、買収、利得の上のせ等、法曹への現世の利益不利益提供によるコントロール、その軸が必要であろう。日本の高級司法官僚は、最高裁事務総局によってコントロールされざるを得ない構造が指摘されている。そして任用10年で行われる判事補達への人事考査は廃止されるべきである。

法システムを廻す人間の思考、選択に、不偏不党、学問的中立性をそのまま受け入れる事は危険である。アマルティアセンの手法にならい、法解釈、法機構改革、法改正の中の、価値規範性、言い換えれば法システムを動かす、動かさない事によって生じる本音の中の価値規範性を顕かにしなければならない。

そこには弱者の側の権利と命を守り、生活を守る色合いを込めるべきであろう。人間の社会は弱者こそが多数派なのだから。ここに今こそ、小沢一郎の言う「国民の生活が一番」が政治の要、これが重たいのであろう。

法を執行する法機構の問題
1)三権分立が融解している
ところで三権分立を事実上溶解せしめているのが、判官交流による司法、行政の癒着であり、さらに特捜捜査による首相の首の挿げ替え(小沢一郎への起訴による鳩山内閣の退陣)が行われているのであり、ここに事実上、行政権を凌駕する司法権、その上違憲立法審査権を持っているのが司法権である。司法権は現下日本の統治機構を掌握していると言えるのかもしれない。

「小川敏夫前法相が退任記者会見で、在任中に検事総長に対する指揮権発動を検討していたことを明らかにした。野田佳彦首相の了承を得られず、見送った。」退任の記者会見でこの事を明らかにして小川元法相は、「慎重さを欠く「指揮権」発言」(6月6日付 日経社説)とされた。しかしである。

(指揮権発動を検討したのは、小沢一郎民主党元代表が強制起訴された陸山会事件で、捜査報告書に虚偽の記載をした検事が市民団体から告発された事件だが、この検討に対してマスコミはこぞって「 検事総長への指揮権発動は捜査への政治介入を招きかねず、歴代法相は極めて抑制的に対応してきた。」との論調)
「過去に発動されたのは1954年の造船疑獄の一度だけ。当時の犬養健法相が佐藤栄作自由党幹事長の逮捕見送りを指示した。その結果、捜査は頓挫し、世論の強い批判を受けた内閣も総辞職へと追い込まれた。」としている。

  そして「虚偽報告書の捜査徹底が目的なら、指揮権を持ち出すまでもなかったのではないか。」などと見当はずれを言ってはばからず、拡散するマスメディアだが、しかし指揮権と言う制度の趣旨は三権のチェックアンドバランス(checks and balances)である。

なので行政権の側が自分達政治家を守るために発動した造船疑獄とは違い、今回は相手方司法による行政権側(政治家小沢)への介入への対応であり、行政側はむしろ積極的に発動して司法をチェックしなければならない。この報道は、制度の存在意義を放棄する事に等しい。検察の犯罪、検察の仕事の評価等、チェックを入れるための、せっかくの制度を放棄せよと言っているに等しい。

かくて検察の犯罪を裁く事ができる機関は、日本中に無くなる訳である。このようにマスメディアを使って国民を勘違いさせて、日本では司法権が、行政権、立法権を凌駕し、司法による独裁が固められ、戦勝国アメリカ側の利益の為に、国政が歪められてきたと言えるのではないだろうか。ここには国民は戦後の民主主義国家幻想と発達史観幻想の悪影響は大きいので、これに見切りをつけて、日本の実態を直視しなければならない。

2)地検特捜部
また美濃賀茂市長を捜査して、詐欺師自供を有力な証拠として提示している、特捜組織とは戦後の戦後の闇物資の取り締まりに端を発している特捜組織である。その組織をいわゆる巨悪への捜査機関として発展せしめたのが、マスコミによる巨悪報道、特捜幻想による洗脳であろうか。

巨悪とは何か?正義とはなにか?巨悪とは税金の分配に関与せずには遂行不可能である。内閣が提出する予算案の審議を行うことを基本的な役割とする国会(立法府)の予算委員会が、予算を審議、議決するのだが、ここに直接、間接に介入して特定の集団に分配をする事と考えられる。これは与党に属さなければ主役たり得ない。で、そうだから、公明党は与党の地位をどんな事をしてでも、手離さないのであろう。何でも有りかもしれない。

在野にある小沢一郎には起こし得ない巨悪、このストーリー設定の矛盾に私達は気付かねばならない。ここに日本的な勧善懲悪ストーリーが重ね合わせられているので、騙される。巨悪には、企業(贈賄側)と与党政治家(収賄側)の登場が必要なのに、自民党(与党)に類は及ばないと時の法務大臣が明言する程に、日本の司法は巨悪と共にある事が分かる。この形でどうして、日本の現司法システムが、巨悪を裁く事ができようか?

特捜システムが功を急ぐならば、非与党の人々となり、結果疑獄は捏造されて、現政権、巨悪が利する構造となる。そこでこのような部署は解体し、必要な案件が生じた場合はアドホック(その事の為に臨時で抜擢された人々のチーム、終われば解散)なチームを持って行えば、組織が自己展開して功を急ぐ必要を生じない。捜査の経過は公文書によって、後世、後輩に託される事ができる。

 人質司法の来歴
次に、判官交流という司法と行政の癒着、司法主導の癒着の排除は、三権分立せよと求める憲法にもかかわらず、その下で実行されてきたのだが、廃止したとの事だ。またぞろ忘れたころには復活しないように、楔(くさび)が必要であり、その背景は明らかにすべきであろう。

そもそも検察は法曹であって官僚であり、国家の指定する犯罪を、被疑者国民に対して立件する立場であり、国家官僚と司法制度の重なり合う機能を持っている。この事は「検察は法宣言機関(裁判所)ではない。しかし行政機関ではなく、両者の中間の司法行政官庁である。」と説明されている。

日本では平沼喜一郎が、1910年に大逆事件(明治天皇の暗殺計画事件)において、検事として幸徳秋水らに死刑を求刑し、今では冤罪死刑が執行されたとの大方の見方である。しかしこの後まもなく検察は、1913年4月、司法大臣の松室致と協力し、「裁判所廃止及名称変更ニ関スル法律」「判事及検事ノ休職並判事ノ転所ニ関スル法律」を成立させ、229人の判事・検事を一挙に休・退職とし、443人にのぼる異動を発令している。

こうして大逆事件の功績などから、1910年代以降、司法部内での検察権の独立が公然と実態化し、絶対的優位化したという。また疑獄の日糖事件(1909年)では、思想係検事を中心とした平沼閥が形成され、次第に拡大、政治化して行ったという。1915大浦事件(贈収賄事件)では、正式の裁判以前に、検事が第一次的に断罪してしまう「検事司法」のはじまりとされ ており、起訴便宜主義が、1885(明治18)以降「微罪不検挙」として行われていたのだが、これが1922(大11)に旧刑訴法全面改革で明文化されている。1921年、裁判所構成法改正で検事総長の地位が司法大臣、大審院長と同レベルに引き上げられ、1939年1月には平沼内閣が発足している。

しかし1941年治安維持法の前、帝人事件(1934)では、1937年石田和外の判決では「之ヲ例フレバ恰モ水中ニ月影ヲ掬セントスルノ類ニシテ」として冤罪が確定し、被告人への革手錠使用など、検察の人権蹂躙問題があばかれ、主任検事の恫喝「俺等が天下を革生(覚醒?)しなくては何時迄経っても世の中は綺麗にならぬのだ」と恫喝していた等に対して、世間は『検察ファッショ』と厳しい批判を浴びせた。」という。

この構図は、戦後になってからの特捜の「息込み」に通じるものがあり、検察の風土を現わしているのではないだろうか。平沼閥の手法、疑獄捏造をして自らの対抗勢力を追い落とし、次第に権力を手中に収めると言う傾向であろう。治安維持法以後は、思想検事系列の礎と形容されて、戦時体制下で絶大な力をふるった平沼閥である。

この平沼族は、第二次大戦直後からの、東西冷戦構造へと動く中で、対ソ防塁としての日本の役割から温存され、日本の刑事司法システムを動かすマンパワーとして、その捜査手法、恫喝、人質司法を温存する文化を残しているのではないか。そして戦勝国アメリカの意向に沿う形で、戦後の松川事件、各疑獄事件、田中角栄、小沢一郎の捜査を通して、日本の政治の裏側で、確実に国政の動向を左右し続けてきたのではないだろうか。
| 日本の冤罪 | 11:21 | comments(0) | - |









 
+ 相談室


相談は、対面で行う会話です。色々な思いを抱えて相手の顔、姿に接して、自分の言葉、感情の動き、動悸などから、自分で自分を再発見する場です。
どのような自分でも自分は自分。それぞれの自分を大切に生きる手立てを見つけましょう。
+ お問い合わせはこちら
TEL/FAX:
03−3492−0735
+ みらい21かなる

かなる(canal)は「運河」と言う意味です。以前の目黒川に面した6階の事務所から眺めると、目黒川がちょうど足下を流れているように見えて、まるで運河の上にいるようでした。それでベニスのグランカナールのイメージと重ねて、私達の事務所がいろいろな情報や物資を運び込むよう、21世紀の運河になるようにと名付けたものです。