みらい21かなる - 社会福祉士 山眞弓

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美濃加茂市長への控訴の論点(13)
刑事司法の中の拷問状況について

憲法、刑法、刑事訴訟法上の「拷問」の禁止規定は以下の通りである。

「日本国憲法」
 第36条  公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
第38条 黙秘権、自白の証拠能力
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2 強制、拷問若しくは強迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
(しかし、黙秘権の告知は憲法上要求されていない。また、憲法上判決裁判所における公判廷で行った被告人の自白を含まないという最高裁判例(最高裁第二小法廷 昭和22年11月29日)があるという。)

「刑法」
 第195条(特別公務員暴行陵虐)
〆枷宗検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者が、その職務を行うに当たり、被告人、被疑者その他の者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときは、7年以下の懲役又は禁錮に処する。
∨[瓩砲茲蟾感悗気譴深圓魎納蕕桂瑤聾鄙する者がその拘禁された者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときも、前項と同様とする。

「刑事訴訟法」
(自白法則・補強法則)
第319条1.強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。
2.被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。
3.前2項の自白には、起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合を含む。

これだけ揃っていても、被疑者容疑者には、長期にわたる拘留、その間中の国際的にも注目される代用監獄、衣食住のコントロール下、生活の基盤喪失に直面しながらの連日長期の取り調べ、その渦中に落とされる。美濃賀茂市長の控訴までの経過は日本の刑事司法システムの作動、その実態といえよう。そうして取られた自供が有効な証拠として生きてくる。

‘本の刑事司法における拷問の定義とは?
このような憲法違反と思われる刑事司法の取り調べが許されている理由のひとつは、憲法、刑事訴訟法上の「拷問」、刑法上の「暴行又は陵辱若しくは加虐の行為」の定義、その範囲の解釈の問題であろう。三省堂の大辞林では「自白を強要するため,肉体的苦痛を与えること。現行憲法は拷問を禁止している。」としている。

問題は、拷問禁止と言う方向が、法システムの運用の中でどの程度の実効化されるのか、されないのかである。「絶対」に禁止されているという「拷問」の定義、その定義内容が拷問に当たらない取り調べ、非拷問の範囲を明らかにする。

たとえば 日本では、検閲の禁止について問題となったが、最高裁が 公権力による表現の事前抑制のうち、 憲法が明文で禁止する検閲は、「例外なしに許されない」とした上で, 検閲の概念を極めて厳格にして、つまり「検閲の範囲を狭く定義」している。

この結果、行政の行う表現の事前抑制に相当するものは、検閲でない事になり、 公共の福祉を理由に合憲と判断されることになった。つまり「判例・多数説は、検閲禁止の憲法的意味を『絶対的禁止』ととらえて強化するが、 その結果、 検閲禁止の法理が実際に妥当する事例は極端に狭められ, 実際の憲法訴訟で『検閲禁止』違反が宣言されることはほとんどなくなった。「このような検閲概念の設定が、 検閲禁止の規範力を実際に失わせてしまうという意味で不当である」 と指摘されている。

同様に拷問の範囲をどのように、解釈、規定した上で、その部分を絶対に行わないのだろうか?つまり「拷問」を狭く、「拷問に当たらない」を広くして、拷問の野放しが日本の実情ではないだろうか。

アメリカ合州国の各州では被疑者は、48時間以内に検察に送致され、その時には釈放されるのが通例であるという報告があってリアルだった。犯罪多発国である。他の諸国もアメリカに近く、日本の取り調べの実態、衣食住をコントロールして、23日、それ以上、(美濃賀茂市長は郷原弁護士が付いていても2カ月)さらに長期に拘留出来る、刑事取り調べは世界中から驚かれる程異例である。

しかし政府の国際比較資料をみると、諸外国の分は重犯罪者への例外規定を列挙しているので、日本の長さが示されない。

これだけ長く拘留されても失業しない日本国民は、公務員以外はあり得ないのだから、一般の国民が冤罪されそうな場合、その人は生活崩壊、家族関係の崩壊は想像に難くないのだから、生活崩壊への恐怖、親族への影響などを脅しに使う、現在の取り調べは、大きな心理的ストレスのある、拷問そのものではないだろうか。

拷問の定義を非常に狭くして、身体的な危害のみに限定しているとしか考えられない。取り調べ直後に自殺、あるいは死亡しても、持病があったなどと、取り調べとの因果関係を否定するマスメディアの報道が流される。この因果関係を捜査すべきは、同じ取り調べ側組織、当事者の警察、検察である。こういう運用で憲法は死文化している。

⊃厂篏僂伴己負罪拒否特権
裁判官は尋問を行う実施する職業だが、古来、尋問術とは 『主として心理学を基礎においており,被尋問者の個性,精神的特性やこれまでの行状に応じて裁判官にうまく扱わせるよう命じる準則である。予審判事は,策略,苦悩,不意打ち,秘匿,疲労,態度の軟化という方法によって被疑者・被告人に働きかけ,被疑者・被告人から自白を獲得しようと努めた。さらに,裁判官は,被疑者・被告人を巧妙に矛盾に陥らせることによって「がんじがらめ」にした。この尋問術は,糺問的尋問において卓越した役割を担った。不服従罰および虚言罰が創設され、「陰険な狩猟学」』と指摘されている。

私達は、法的知識も乏しく、生活崩壊の危機の中で、心理学に基礎を置く巧妙な尋問術を持つ取り調べに晒されるのであれば、自殺も起こるのだから、今の日本では検察の想定する真実がこのように捏造されていても、掬水のようであっても、被疑者の人権はその下で無に帰している。美濃加茂市長への30万円収賄容疑もまたまた掬水。

明治5年当時、140年も前には司法省は拷問の上であっても、「凡罪ヲ断スルハ口供(自供)結案ニ依ル、若シ甘結セスシテ死亡スル者ハ証左アリト雖モ其罪ヲ論セス」としており、死なないと逃れられない冤罪もあったのであろう。口供(自供)の有無で罪責の有無が決まっていた。

しかし、その中で明治8年ボアソナードが拷問の惨状を目撃し、「拷問廃止建白書」を司法卿に提出したと言う。これに対し明治9年4月陸奥宗光元老院議官が,改定律例第318条改正の意見書を提出し、「……本條ニ曰ク凡ソ罪ヲ断スルハ口供結案ニ依ル云々夫レ自ラ為シタルノ悪ヲ自ラ告白スルハ人情決シテ能ハサル所事実絶ヘテ無キ者ナリ……」と発言している。

自己負罪供述は人情ゆえに不可能であると指摘したそうである。自己負罪拒否特権とは、(何人も悪行を自ら打ち明けない)という法諺であり、何人も自らの恥をさらすよう義務づけられないがゆえに,自身にとって不利な証言で負罪するよう強制されず、私的行動や信用に関する負罪的質問に答えるよう要求することは汚名や訴追を受ける危険を負わせることになるとして、ius commune (普通法)に反するという法理が示された。

提出された改正意見書は,拷訊の残酷さや弊害を訴え,拷訊廃止と依証断罪を提案して、特に自己負罪供述の点につき、「父が子の,子が父の犯罪を隠そうとする行為は父子の恩情や篤厚という「情」ゆえに許される一方で,自己の身を愛するゆえに犯罪を隠すことは「理」ゆえに許されないというのは道理にかなわない」ー時代劇のお白州場面を彷彿とするーと指摘、さらにアメリカ合衆国憲法が規定するこの自己負罪拒否特権にも言及したという。

誰しもなにがしかの自己肯定感無くしては生きられず、それは心理学的なケアのベースにもある真実、それが社会的存在である人間存在であろう。罪人に対するとはいえ、自らの恥を晒す事を強制する事は、ひとの「情」と了解されるに反し、確かに惨い(むごい)事、理不尽であるに違いない。このような嘘の自供を強制され、それに抗せずに負けて、自らを貶めた事実は、人をどれ程の絶望と虚無の奈落におとすものか、その命は日本の地獄を抱いて生きたとしか、言いようがない。

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日本国憲法は「絶対」という文言を入れて拷問を禁止しており、この点が世界にも稀な特徴とされている。これは戦後GHQが、治安維持法を運用した特高、(あるいは関東軍?)を、悪名高いナチスのゲシュタボと同じであると理解し、再び被疑者国民に拷問をする可能性故に、特に「絶対」と言う文言を入れたと言う歴史的経過である。

安倍総理はその「絶対」を削除したいとして、改悪憲法の安倍草案が作成された。この裏側は最高裁事務総局、その裏にはアメリカ政府がいるのだろうが、安倍安保法制は戦中復帰、ゲシュタポの日本再来へと動いているかのようである。

国粋主義的な言辞をマスコミを使って宣伝、これに同調しない国民は、長期拘留、精神的な拷問、失業の危機、生活の破綻、そして若い世代は戦場となろうか。

戦後、共産主義への防塁としての日本の役割は、当初ナチスゲシュタポと同一視されていた特高の技術が重宝されたのだから、アメリカ市場原理主義の合理性とは、手段を選ばないのである。東洋の黄色人種(日本人)は道具として用いられた。そして特高はその成功体験から、今は司法マフィアの如くふるまい、アメリカ追随であろう。

しかしアメリカも疲弊し今では貧困が広がり、国民は病気になればホームレスになるような社会、医療保険が無い社会である。TPPは日本を米国化するであろう。

誰でも、いつも強く、子々孫々がすべて強者とは限らない。しかしその弱い子々孫々も、もし安堵の中で育ってゆけるのならば、力をつけて行く事ができる存在であろう。弱い人達こそが自分自身であり、安堵が、生活の安定が望まれている。

日本は民主主義国家、美しく発展すると言うのはデマであり、洗脳技術である。隣国朝鮮や中国の人々を劣っている、汚いなどと罵る姿を鏡に映し、マスコミや政府の民主国家幻想に騙されない事である。この国は代用監獄を維持して、都合の悪い人は冤罪し、首相の首も挿げ変え、マスコミが大規模に嘘を拡散する社会になっている。

それが明らかになったのは、多くの犠牲の結果である。大人が、マスコミが、政府が嘘を拡散しない社会、よく交流して、若い人は恋をし、子を産し、その子が良く育つ社会へと、動くためには、この貧困の中で、税金をつかって戦争をしている場合では無い。

今こそ正念場。70年を超えて、自分達の為に税金を使う政府を起こしてゆかねば、次世代の幸せは無い。右翼左翼を越えて、国民の安堵、国民の生活が一番を求めて、纏(まとま)らなければならない時である。
| 日本の冤罪 | 07:41 | comments(0) | - |









 
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