みらい21かなる - 社会福祉士 山眞弓

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EUの「国境線」、その意味

戦争は国家同士の争いなので、国境線に囲まれた、地域対地域の争い。例えば今北朝鮮と韓国、南スーダンとスーダンなど。

 

第二次大戦までのヨーロッパでも、ドイツ・フランスの国境地帯にヨーロッパ有数の「ザール炭田」があり、豊かな工業地帯、ここを巡って英仏独は、1000年に渡る長い抗争の歴史を繰り広げていた。その解決がEUの統合であった。

 

 「アルザス地方(ドイツ名エルザス)」
「二次大戦後の1945年にはフランス軍が占領、フランスは炭田地帯の領有に強い意志を示した。1949年には西ドイツ(ドイツ連邦共和国)が成立、首相となったアデナウアーはフランスとの協調外交を展開しながらザール問題(ザール炭田)の解決にあたった。」と。

 

フランスのシューマン外相はザール地方をめぐりドイツ・フランスが対立することはヨーロッパの復興を阻害することになると考え、ルール地方と共にザール地方の石炭・鉄鋼業をフランス・西ドイツ・ベネルクス三国・イタリアで共同管理するヨーロッパ石炭鉄鋼共同体の構想を1952年に発表し、ヨーロッパの統合の第一歩となった。」と。

 

さらに「フランスはなおもザール地方のドイツからの分離を策し、欧州共同管理(欧州化)を提案したが、1954年に西ドイツの主権回復が認められたパリ協定の付属規定でその可否に関する住民投票が翌55年に行われた結果、67%が欧州化に反対したため、フランスもザールのドイツからの分離をあきらめ、1957年にドイツ復帰が実現した。」と。

 

歴史的にはライン川中流の西岸は、その北のロレーヌ地方(ドイツ名ロートリンゲン)とともに、豊かな農作物、鉄・石炭の産地であり、フランスとドイツの1000年にわたる争奪戦が繰り広げられた地域」である。

 

21世紀となって今、EUはこの「国境線の意味」を変化させつつある。EUは主権国家連合体で、いわば連邦である。この連合体は内部の主権国家に干渉せず、ペナルティを付けて政策を強制する事無く、OMC(Open method of coordination・開かれた政策協調手法)で進めて、EU市民(EU内各国国民)には国境を越えても同じ医療、社会保障を保障する社会」を、そうして産業を、イノベーションを、活力ある社会をめざしていると言う。

 

※OMCでは「各国は法的に拘束されるのではなく、各国が合意した戦略とガイドライ ンの達成のために、各国の実情に合わせた政策を独自に実施する。最終的にはその結果を 評価し、成功例を特に取り上げ翌年に生かす、という一連のプロセスを単年度ごとに行な う。本研究においてえられた知見のひとつは、従来型の欧州委員会のトップダウンによる 政策の統合よりも、 『開かれた政策協調』の方が、多くの政策領域において各国とも実施し やすく、成果も得られやすい」と言う。(当ホームページ特定多数決制とOMC http://mirai21canal.com/PDF/EU/OMC-QMV.pdf

 

 普仏戦争(1870年(明治3年7月19日から翌1871年5月10日)
その87年前、スペイン王位継承問題に端を発して両国(プロイセンとフランス)は戦争に突入していた。プロイセンのビスマルクは、ナポレオン時代のフランスに復讐することでドイツ統一の主導権を握ろうと、フランスのナポレオン3世を挑発して戦争に持ち込んだ、とも言う。

当時フランスの隣国スペインでは、1868年のスペイン九月革命で王位は空位であった。プロイセン(ドイツ)のビスマルクは自国王家のホーエンツォレルン家の分家ジグマリンゲン家の王子レオポルト(カトリック信者だった)を説得し、スペインも了承して王位継承予定者となした。

 

しかし隣国フランスのナポレオン3世はこれに強く反発、スペイン王位継承問題という国際問題化して、やがてレオポルトを候補から降ろすことに一旦成功した。さらに1870年7月、フランス大使をドイツ西部の温泉地バート・エムスに滞在中のヴィルヘルム1世(ホーエンツォレルン家)のもとに派遣して、将来にわたってスペイン王位継承に介入しないことを約束させようとした。

 

この会談はヴィルヘルム1世がフランスの申し出を拒否することで終わったのだが、それを知らせる電報を受け取ったビスマルクが、フランス大使がプロイセン王を恫喝したのに対して、ヴィルヘルム1世が毅然と拒否したかのように情報を意図的操作、このデマ(嘘)を公表した。

 

このエムス電報事件、デマ報道によってプロイセン国内には反フランスの声が、フランスでも反プロイセンの感情が強くなって、7月19日、ナポレオン3世はプロイセンに宣戦布告、普仏戦争となった。

 

しかしビスマルクの.挑発に乗ったナポレオン3世(ナポレオン・ボナパルトの甥)は準備不足の戦争で、9月2日には自身が捕虜になる有様で降伏。翌5月には勝ったビスマルクは豊かな地下資源と、南ドイツに対する防衛の見地から、アルザスとロレーヌの割譲を要求し、それを実現してしまった。

 

嘘で人を動かして、戦争を、抗争を拵える手口は、古今東西に共通なので、嘘を見抜く力も大切になるだろう。

 

 EU(欧州共同体)とアルザス・ロレーヌ地方
それから43年後の第一次世界大戦{1914年(大正3年)6月から4年3か月間}の終盤では、1917年4月アメリカがが参戦する。そして同年のロシア革命で、ボルシェヴィキ(左派)政権樹立が11月07日に成立、翌1918年11月3日にドイツではキール軍港の水兵反乱に、皇帝ヴィルヘルム2世がオランダに亡命して、帝政が倒された。これらを見て、慌てた列強は終戦。講和へ向かう。

 

臨時政府を握ったドイツ社会民主党のエーベルトがフランスのコンピエーニュの森で連合国と休戦協定を結び、11月11日戦争終結、翌年の講和、ヴェルサイユ条約で、敗北したドイツから、フランスが、アルザス・ロレーヌ地方を取り戻したと。

 

このヴェルサイユ条約の過酷さが、第二次世界大戦、ナチスの台頭へとドイツ国民を動かした。こうなると、国境線をどう引くのか、フランスとドイツの領土問題は、複雑に変遷し、現在この地はフランス領となり、工業都市の重要な中心都市ストラスブール、この象徴的な街に、EUの欧州議会本会議場が置かれている、のだと言う。

 

国境線は列強間の力関係で、ぐるぐると書き変えられ、歴史の一齣そのように線引きされて現在があるのであろうか。そうであれば今、国境を越えても、EU域内の国民達は、同じ社会保障、医療、失業保険、保育サービスなどを利用できるという事は、むしろ時代を超えた、一般庶民、国民にとっての安定形体、その安心、安堵であろう。

 

その中で、国家間武力衝突、戦争を進める事は、大きな時代錯誤かもしれず、EUの試みはその事の確認、ダメ押し的な政策かも。「国家」と「国民」の利益は必ずしも一致してはいない。なので、各国国民の戦争する主体としての根拠、国境線、この意味をEUという国家連合体によって溶解せしめている?とも解釈できるのではないか。

 

4)グローバル企業の利益と国益
戦争状態となって、互いに敵国軍隊として相まみえて、敵国兵士として殺し合って、この結果庶民は何を獲得するのだろうか?その地下資源、領土からの富により、いかなる企業体が、どこで生産活動を行い、誰を雇用し、その富をどれだけ、何処に還元?日本国に還元できるのだろうか?

 

仏独の国境線線引きにも拘らず、どちらになっても、この地域の住民にとっては、この地域の鉱工業とは、同じ職場、同じ労働保険、医療保険を使いながら、働く者同士の、職場であり、雇用先であろうか?

 

国家間が戦争状態に陥った時、互いに相手を敵とみなして、戦闘状態へ、殺し合う関係を、支えている想いは、何を根拠にしているのだろうか?地場産業として生産活動を起こし、その経済力が地域社会を支える体制は過去の話なのか。もう今では、発展途上国側に生産現場は移動している。それが21世紀のグローバル企業の世界の現実。

 

今となっては、日本企業は、トヨタでも日産でも東芝でも、海外展開、国籍不明状態である。日本が戦争で勝ち取る筈の資源の活用主体は、国境を越えた、グローバル企業である。しかし戦う軍隊は国家単位、これは矛盾ではないのだろうか?

 

ここに私達は気付いて、国家と言う名の、戦争正当化、大規模の殺戮、インフラ破壊の戦争、その正当性から、降りて、目に見える次世代の暮らし、生活、その安全と、幸せに焦点を合わせて、考える事ではないだろうか。

 

5)現自公政権の連れ行く先は?
日本の国の上層部は、安倍夫妻、自公政権である。嘘は平気でうまく、それをアメリカと言う大きな力が後押しをしている。どんな愚かさも、世界への宣伝に脚色されて、事実上の植民地化、税金横流しへの報酬、免罪符にされるのかもしれない。

 

だからこそ、この低水準の安倍自公政権は、5年間も維持されたのではないだろうか。今はその完成形、奴隷国家が目指されているのかもしれない。

 

あながち、妄想とも言えない展開が続いてはいないだろうか?私達は、アメリカの主導するグローバル企業のための人間達?奴隷民族?その不平等関係に落とされはしないのだろうか?

 

自分達の血税を、自分達の次世代の幸せに生かす政権へ、忖度を越えて、よく考え、はきはきと交流して、新時代を創る事ではないだろうか。内部抗争などせずに、自分の心に、仲間達の意見の中に、平等社会、自由な社会の芽を創っていく、そういう時代がやって来ているのかもだ。

| 日々雑感 | 12:39 | comments(0) | - |









 
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