みらい21かなる - 社会福祉士 山眞弓

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非核三原則って、疑問は深い
今、桜の花吹雪の日本の国。あの福島の原発事故から8年。事故の被害の全容はこれからも出てくるのだろうか?原発とは何を国民に運ぶのか?危な過ぎな国を滅ぼしかねない原発。そして日米密約の存在、この関係はどうなのか?

 

 

日米密約を読んでみると、日本はアメリカの世界戦略、主に軍事目的のための捨て石とも見える。加えてアメリカの双子の財政赤字解消、世界経済支配のため、日本は経済的にも支配されていたり?日本企業はM$Aでどんどん国際化と言う名のアメリカ化?

 

 

その企業名は慣れ親しんだ和名、昔通りでも、税金を何処にどう支払い、日本国民をどう雇用しているかを見ないと?国民の年収を上げて「内需拡大」、そして「納税の実態」、法人税の納付額に注目しないと。生産工場の海外移転が相次ぎ30年前とは様変わりだろうか?

 

 

 安倍総理海外ばら撒き援助
安倍晋三総理はこの6年で365回も外遊している。海外へのバラマキ、これはアメリカが属国化を狙っている、アメリカが指定する発展途上国への、肩代わりの援助?

 

 

そして原発と言う自爆用手榴弾みたいな危険物を、クリーンエネルギーだと騙して抱かせるための、日立、東芝を使っての策動?もありそう。英国への1兆円の援助がその証明?受け取る側は英国、メイ首相。妖怪みたいに見えてくる?とか。インドの現状はどうなのか?

 

 

今インドは次第に日本のように海岸線沿いに、原発を並べさせられているのかも。美しいインド、サンスクリットはヨーロッパの祖語、カースト制度万歳!カーストの伝統を守ろう!みたいな。

 

 

 海岸線に並べる原発?
インドの原発配置図を見ると、怖くなる。この地も、英国の残虐な400年に近い支配から、同じアングロサクソン、法制度も英国を手本にして建国した米国の支配へと移行中?騙されている?アメリカのアジア戦略の捨て石にされつつあるみたいなインド?

 

 

日本は1950年、今から69年前の朝鮮戦争時に、韓国、アメリカ側の劣勢の中で、アメリカの対日占領政策を大きく変更されている?アメリカ側の軍事的な都合、その道具にされたっぽい?それを密約で請け負ったのは吉田茂、そして戦争犯罪者から転じて政権トップへと返り咲いた岸信介達?彼達は命と引き換えの密約を結んだ?これが日本の売国密約?隠し通してOK?となっていた日本?とも言える?

 

 

 核兵器保有国を比べる
日本はアメリカの捨て石?になっている?核戦略上の最前線、いつでも核兵器に転用できるプルトニウム、600個?分を抱いている。それが原発だった?核兵器保有量は、アメリカは6450、ロシアは6850 フランス300 中国が280 北朝鮮20~10と言う数字(2018年)なので、日本は世界第三位の核兵器を抱いているとも言えるのかも?

 

 

アメリカは自分の数百分の一の核兵器保有の北朝鮮を、極悪非道人の様にして核廃絶を迫っている?それが現下世界の常識みたいだ?核拡散防止条約の理屈だと、こうなってしまう?私達5大国は沢山持っているけれど、あなたは一つでもダメなのよと言っている。凄い不平等だ?

 

 

そして、日本も、インドの原発も海岸線に並べている。これって、いざ世界戦争時には、海岸に置く原発から転用した核兵器、その移動、発射には、内陸では現地国民などなど面倒だろうか。戦闘態勢をとるには海岸線、国境線から直接?で海岸線が選ばれる?

 

 

 非核三原則の経緯
私は非核三原則を信じていた国民の一人だった。なので非核三原則の嘘が分かった時は驚いた。でもどうして野党社会党は何も言わないのか?いつまでも言わないと思った。社会党系の友人に尋ねた事もある。分らないそうだった。

 

しかし1981年には古関彰一氏が、「指揮権密約」の存在を裏付ける米国公文書を発見して、雑誌「朝日ジャーナル」」にある記事を発表していたそうだ。

 

 

日米密約、その下での何も知らない国民の悲願と言うべき非核三原則。それと原発との関連はどうなのか?
―非核三原則と終戦直後の動きとを追ってみたー

 

1945/04/12 ルーズベルト(1933/0304-1945/0412)死亡。毒殺説?
1945/08/14 マッカーサー連合国軍最高司令官就任 08/30厚木到着、
   09/02 ミズーリ艦上で降伏文書
(日本国憲法は1946/11/03(S21)公布・1947/05/03(S22)施行)
                                
1948/08/15 李承晩の大韓民国宣言・
   09/02 金日成朝鮮民主主義人民共和国宣言
1948/12/23 極東裁判 A級戦犯 7名 処刑
1948/12/24  岸信介ら16人の戦犯が解放
1949年/10/01(S24) 毛沢東の中華人民共和国建国。
1949年10/07 米国の対日政策はトップレベルで転換
    その直後、翌月11月に極東裁判が終了、

 

1950/06/25〜朝鮮戦争勃発)
1950/08/10(S25)GHQのポツダム政令として「警察予備隊令」が
1951/09/08 サンフランシスコ条約の締結+(旧安保と密約)締結
密1-p203 夜には吉田密約―吉田・アチソン(国務長官)会談
朝鮮戦争への兵站の継続(進駐軍指令から国連軍指揮下に移動)の密約        
1952/04/28 サンフランシスコ講和発効、
       (日米合同委員会付きの日本の独立
★密2-p193 吉田とマーク・クラークの口頭密約 指揮権密約
1952/10/15  警察予備隊を保安隊へ格上げ

 


1953年1月 アイゼンハワー大統領就任
1953/03/05 ソ連スターリンの死去(毒殺説?
※アイゼンハワーは朝鮮戦争の和平合意がならない場合,核兵器を
使用する用意があり,対中戦争も辞さないと伝えた。でその当時の
前線の(38度線)が南北間の事実上の国境として受入れられた。
1953/07/27 朝鮮戦争の休戦協定成立

 

1953/12/08 アイゼンハワーの国連演説(朝鮮戦争終結後4か月)
                  (核の平和利用の提案)

 

1954/02/28 
★密3-p197  (吉田・ジョン・ハル大将間)  指揮権密約
1954/07/01 指揮権密約を受け「保安隊」を「自衛隊」へ格上げ
    この頃から国内の議論として非核三原則が起こる。
1954/03/01(S29) ビキニ環礁で被爆 「第五福竜丸事件」
1954/04/05(S29)
    「原子力国際管理並びに原子兵器禁止に関する決議案」 
  全会一致で可決。野上、八木秀次議員ほか26名により参議院に提出       
1955年「原水爆禁止日本協議会」が発足、日本国内で反核運動が盛り
          上がりを見せたが、イデオロギー的?に3分裂している。
1955/12/15(S30)参議院商工委員会での原子力基本法の審議で、
          中曽根康弘議員が「原子力燃料を人間を殺傷するための武器と
    しては使わない」と答弁、「核兵器を作らず」の原則について、
   与野党の合意が形成された。
1957/02/05(S32)衆議院本会議でアメリカ軍の原子力部隊構想への
   政府の対応を問う質問があり、岸信介内閣総理大臣臨時代理・
   外務大臣は、2月8日の衆議院予算委員会で、「私はこの原子部隊
   を日本に進駐せしめるというような申し出がありました場合にお
   いても、政府としてこれに承諾を与える意思はもっておりませ
   から、そのことは明瞭に申し上げます。」と発言。
   「持ち込ませず」の確認とされている。
1957/05/07(S32)参議院予算委員会、岸信介総理が「自衛権の範囲
   内であれば核保有も可能である」という憲法解釈を示しつつ、
   政策的には「核兵器を持たず」の原則を答弁した。

 

1957/0729 国際原子力機関IAEA(International Atomic
       Energy Agency)米主導で設立
IAEA以降
1959/03/30 砂川事件 東京地裁伊達判決・在日米軍の駐留は違憲判断
  0504ジョン・フォスター・ダレス(旧日米安保を指揮)癌にて死亡
60年安保時の動き
1959/12/03 ★密約4-p115(マッカーサー・岸、藤山間)基地権密約 
  (1960/01/06の合同委員会記録とする事とされた。その後の多くの
   密約の基礎になる。この密約は、以後地位協定と名前は変ても
    占領時の行政協定をそのままで変えない事を承諾している
1959/12/16 砂川事件は直ちに最高裁へ跳躍上告されて、差し戻される 

 

サンフランシスコ条約と同時に密約が結ばれねばならなかった理由
〈米軍の駐留継続(旧日米安保)や米軍への軍事支援(吉田・アチソン
交換公文)を日本独立、駐留の終結と交換条件とする事は、ポツダム宣
言にも、国連憲章にも違反する行為だったので、密約にした。〉p203
 
1963年 「核拡散防止条約」国際連合で採択。
     関連諸国による交渉、議論が始まる。
1967/12/08 衆議院本会議で、公明党の竹入義勝議員が「小笠原の返還
    にあたって、(核燃料、核廃棄物を)「製造せず、装備せず、
    持ち込まず」の「非核三原則」を明確にし得るかいなか、見通
    しを伺いたい」と質問。
   これが、国会議事録に非核三原則という言葉が載った最初

1967/12/11 衆議院予算委員会において日本社会党委員長の成田知巳
    が、アメリカ合衆国から返還の決まった小笠原諸島へ核兵器を
    再び持ち込む事への可能性について政府に対して質問した際、
    佐藤栄作内閣大臣が、日本は「核兵器を持たず、作らず、
    持ち込ませず」という「非核三原則」を示した。
1967年,当時の内閣総理大臣佐藤栄作はそれまでの政府見解を踏襲し
   て、核を「持たず,作らず,持ち込ませず」という非核三原則を
   表明,非核三原則は1971年,国会で決議され,日本の国是となっ
   ている。
1968年 最初62か国による「核拡散防止条約」調印が行われた。
1970年、核拡散防止条約発効
    (ヽ吠軸鑛殕国の核はそのままにして、非核保有国が保有
      を断念し、IAEA(国際原子力機関)の査察を受け、
      物質を平和目的にのみ利用すること誓約させようと
       いうのが目的との記事も)
     佐藤栄作は1974年,ノーベル平和賞を受賞している。

 

 非核三原則は虚偽
しかし,核を持ち込ませずという原則は,密約の存在によって,当初から事実上虚偽のものであったことが明らかとなった。外務省は,この調査報告にともない,文書の開示を行ったが,多くの重要文書が意図的に廃棄されており,その経過も含め,さらに問題の究明がなされる必要が指摘されていると。

 

 

保守論客は、日本が原子力発電計画を主権国家として自立的に選択できるという前提を疑ってはいない。前提が架空であれば論もまた空論となるので、事実関係から確かめてみてからの意見を述べて欲しい?自衛隊の指揮権はアメリカ軍が握っている、それを密約で約束し、国民にも世界にも隠している国が、日本?

 

 

たとえば、日本が世界に伍していくために必要な核兵器、原発と言う言い方をされているが、重要な国策、事案は何も自己決定できない、密約に縛られている国が日本である。アメリカの軍事戦略上の必要性があれば、それが最優先されて、逆らう権利を放棄している国。それが密約、日本の実態である。指揮権密約が一番の根幹ではないか?

 

 

 アメリカの道具?
非核三原則も、原発を抱かせるためのトリックのような面がある。米軍の必要性が生じれば、いつでも、どこへでも、事前協議なしで核兵器を配置できるのがアメリカ軍と日本国の二国間条約である。そしてそのための米軍基地である。必要があれば、いつでも、どこへでも米軍は米軍基地を造ることができる。

 

 

それを拒否する権利を、差し出したのが、安倍総理の祖父岸信介、麻生太郎の祖父吉田茂であり、彼達が国民と世界に隠してきたのがこの密約、日米二国間条約であろう。この人達はこの為にこそ、戦争犯罪人の身分を解かれて、政権復帰を果たしている人達では無いだろうか?

 

 

指揮権密約とは、日本の自衛隊は米軍の指揮で動くのであり、米軍に逆らう事はできない。この国は植民地の様に経済的に剥奪されるばかりでなく、国土も軍事基地として、自国の若人で構成する自衛隊をも、無条件で提供する事を了承している国である。国民の命も保証できない。日本の国が交戦状態にされる事、敵に爆撃される事を、了承しているのが、指揮権密約であろう。

 

 

 原発を抱かせるためのトリック?
なので右翼の論客の言う、国際社会に伍していく日本として、核兵器は必要か否かみたいな議論は、日本国の意思決定自体が、米軍に拘束されていて、日米合同委員会が押さえている政治、軍事状況下の日本であれば、国際社会に伍していく主体が存在してはいないかも。主権国家とは言えないのだもの。日本はアメリカの軍事戦略上の道具という感じ?

 

 

それだから、世界でただ一つ、核保有5大国以外で、プルトニウムと言う、危険物の保有を許されている。いつでも核兵器付きの前線基地として活用可能(濃縮プラトニウム+原発が必要)にして置かれている?それを可能にするため?日本国民と世界を騙すため?に機能させられている国是、「非核三原則」になってはいないか?

 

 

我が国の非核三原則、被爆国民の悲願であった「非核三原則」が、アメリカの核戦略、「核拡散防止条約」の中で、日本にプルトニウム(核兵器+原発施設で転換可能)を抱かせる舞台装置にされている?こうでは美しげな理念も、人類普遍の真理も、ひっくり返して、どうでも悪用するのが世界政治の力学、その現実かもしれないとか?

 

 

 外務省は伏魔殿?
私達は口触りの良い理念、理想がやって来た時には、現実の政治動向、政治力学を眺めながら、その功罪を、悪用の可能性を、斟酌して判断だろうか?それが戦後の自民党政治のやり方?その補完物として取り込まれていた野党、左翼陣営、論客だったのかも。

 

 

非核三原則は悪用されて、平和利用しかしない国日本だから、非核三原則が国是だからと、理由づけられて、プルトニウム、600発分の核兵器分の保有が、核拡散防止条約下で、例外的に許されている。

 

 

プルトニウムの核兵器への転用?2,3日でできるとか、潜在能力は600個の核兵器?それでは米露に次ぐ、第三位の核保有国と同じになる?アメリカの戦争、今日すぐにでも代理でやらせたいのが対北朝鮮、対韓国文政権との戦争であろうか?

 

 

私達は、現実の暮らし、世界戦争危機の中の政治力学を読み込みながら、朝鮮半島の戦争、「冷戦のぶり返し」を煽るマスコミに乗せられず。良さげな言葉に引かれてしまう、善良すぎる極東の黄色人種であっても、乗せられず、よく考えて、この国を亡ぼさないよう、子供達の幸せの為に、考えながら、判断をしていこう。

 

 

原発政策と、沖縄の基地問題、安倍政権の海外援助バラマキ、安倍官邸の為の最高裁等の裁判所判決、強姦も、森友も、全部スルーさせる裏側は、密約体制に通じている?

田中真紀子さんが言った「伏魔殿」とは密約に縛られている外務省だ?

 

 改元はどうか?
何か「令和」と言う響きが怖い。冷徹、絶対零度。全ての分子運動も停止する絶対零度、残酷な響きに聞こえた。マスコミがオール絶賛の時にはいつも裏がある。「和を以て貴しとなす」を言えるのは為政者、命令する側に違いない。教育勅語文化に通じる?

 

 

自分で考えず、上の人の言う事に従って仲良し。「和をもって尊しとなす」忖度忖度、逆らうな⁉みたいな響きだけれど。そうならないよう、忖度より本音で生きられる社会を目指そう。

 

 

良さげな言い回しの、裏を読み解く国民でないと。密約の日本、岸信介、吉田茂の孫達が70年を超えて君臨する⁉国。この国民性からの脱皮だろうか?今回の選挙では戦後政治の切り替え、自公を選ばず、密約を5%づつでも変えようとする、嘘を言わない正直な政治家で、コツコツ、しこしこ、73年を経て密約体制下の、沖縄の基地反対と、本土、北海道の脱原発の政治家を選んで、その人達を応援して、監視もする国民にならないと、日本の未来は無いのかも。

 

 

いまこそ生産工場の国内操業を目指しつつ、新しい社会保障(所得補填+居住保障+医療介護保育職業教育)のある、安全な食料を生産する農業立国、食料自給率UPの国だと思う。耕作放棄地の再生、荒れた山林原野に手を入れる国土保全、その方向で少しづつでも動く、嘘を言わない、正直な政権、アメリカからの真の独立、まっとうな政治、まっとうな裁判を進める政権。そのベースに置く社会保障制度を考えよう。

 

| 日本の独立 | 08:11 | comments(0) | - |









 
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かなる(canal)は「運河」と言う意味です。以前の目黒川に面した6階の事務所から眺めると、目黒川がちょうど足下を流れているように見えて、まるで運河の上にいるようでした。それでベニスのグランカナールのイメージと重ねて、私達の事務所がいろいろな情報や物資を運び込むよう、21世紀の運河になるようにと名付けたものです。