みらい21かなる - 社会福祉士 山眞弓

みらい21かなる

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栗の花

この季節、久しぶりで湿った空気の中で栗の花の臭いを嗅いだ。

その栗の花の匂いが鼻について、そのありかを捜し歩く。

 

昔、隣の叔父が亡くなって、父親も母親も力を落としていた頃、毎週、毎週、当たり日がめぐってきて、団子だったのか、精進料理だったのか、こまごまと作り上げて新しい墓にそなえに詣でなければならない。叔母も一生懸命。

 

そうして動きまわり、台所に立って、近所こもごも、仏の義理を果たして、超える悲しみ、無念、戻れない幸せ。その中で、いつも臭ってきた臭いだ。

 

今東北の海沿いの町々は、先祖が眠る墓所さえ、そして遺骨さえ流された家もあるそうだ。この上に栗の実が実る秋が、どのように来るのだろうか。

 

湿って、腐敗臭めいた臭いだけれど、懐かしく嗅いでいる。

| ふるさとの暮らし | 12:57 | comments(0) | - |
竹林

久しぶりで竹林をながめた。竹は東洋に特徴的な植物で、見るからに南方系の植物である。“Bamboo forest”とは、その青くかぐわしい、ほの明るい孟宗竹の林。西欧人の東洋への憧れがほの見える。 いささむらたけ吹く風の音もかそけきこの夕べもあろうもの。

 

昔、夜空に風が渡ると、隣家の竹林の音が、ざわざわざわざ―と響き渡り、暗くなってから外便所に行くのはほんとうに怖かった。空の上を滑るようにして音がひろがり渡る。一人では行けない。いつも姉についてきてもらった。

 

みんな怖いから、助け合ってついてゆく。しゃがみ込んで時々声を掛け合う。

 

空の上を渦巻いて滑るように轟く竹林の音の下、あんな真っ暗な臭い便所は、もう日本中探しても、どこにもないだろう。集落には大きな穴をほって板を二つ並べただだけの便所もあった。

 

今、水洗トイレが読書スペースにもなるように、書棚に出窓、飾り棚付きのトイレまでもある。

 

ほっかぶりに肥桶を担いで、よたよたと畑に向かう姿など、遠い遠い昔、時代劇の世界である。その中に埋もれるようにして、ゆっくりと動いていた村のあの風景。みんなみんな今は昔、遠い遠い影絵のようである。

 

放射能なんて思いもよらず、人糞を肥料にしていたので、寄生虫の卵が心配だった。湯をくぐらせてから、野菜を使うと卵は死ぬので良いと、保健所の保健婦さんの指導だった。 

今は放射能惨禍。子供、若い人から発癌するのに、どうする事も出来ず、本当に悪夢のようだ。くびきは解かねばね。

| ふるさとの暮らし | 20:21 | comments(0) | - |
水汲み
この厳寒の中、マフラーで首回りをグルグル巻きにして、マスクをして、帽子をかぶって、まるで強盗にでかけるような出で立ちでブーツをはいていると、昔母親が、屋敷の外れにある井戸まで飲み水を汲みに行くときの姿を思い出す。

 

天秤棒を持って、大きなブリキのバケツを二つ下げて、ゴム手袋にゴム長靴、細い腰回りの母親が、今の私のようにスカーフで顔をぐるぐる巻きにして出て行く。水汲みは嫁の仕事。

 

帰ってくる母が、ガラガラとバケツを土間において、天秤棒を外し、バケツを持ちあげて水甕に水をあける息遣いを思い出す。その母親の肩は天秤棒を乗せてきて真っ赤だった。発展途上国では水汲みは女の仕事。

 

雨の中、雪の中、風の中、天秤棒を繰ってだらだら坂を上ってくる母親の姿が目に焼き付いている。運動神経抜群の彼女は、転んだり、こぼしたりしないで、なみなみとゆれるバケツの中の水を守るようにして帰ってくる。

 

家に水道がきたのは、私が小学生になってしばらくしてから。何回か寄り合いをして、話が纏まって、お不動様の水が沢山入っているおいしい水が流れてきた。

 

水道が来て、水甕を囲っておいた場所を戸棚に直した。その時祖母の遠縁、彼女の息子同然みたいな○○大工がしばらくやってきて、ついでに店と居間の間に、細工を施したきれいな引き戸を作ってくれた。

 

その戸がつくる白い明るい光、その柔らかさを思い出す。

| ふるさとの暮らし | 11:00 | comments(0) | - |
経済をとる
 正月がちかづくと、ふるさとの台所で母と祖母が年越しの御馳走の準備をはじめた。

 

小豆を煮て、それをざるに入れて、すりこぎ棒でガラガラと濾して漉し餡をつくった。正月中の主食はあんこ餅。手ぬぐいでこしらえた布袋にいれて、潰すようにして、濾していた事を思い出す。それを甕に保存する。

 

店も忙しいので、夜なべ仕事になる。豆を洗ったり、塩漬けにしていた山菜や、野菜を戻したり。赤と緑色の寒天をよせたり、ユリ根、黒豆を煮たり。それから引き菜をひく。とんとんとんとん。

 

二人の会話には「経済をとる」という言葉がいつも出てくる。節約するというくらいの意味だったと思う。四六時中経済をとっていた。それが、日本の庶民の暮らしである。

 

じゅうねん味噌、黄粉、納豆、目刺、漬物の食卓が、正月ばかりは赤い吉次を焼いて食べる。吉次ほいほいと言って喜んだ。年越しの夜は実を食べて、元日の朝に骨を焼いてちゅーちゅーとすった。脂っこくておいしい。

 

肥満なんてどこにもない。みんな痩せて、寄生虫がいて、洟垂れで、瘡かきで。

それでも、日本は段々金持ちになって、そのうちアメリカみたいになると思っていた。
経済をとって、お金をためて、新しい洗濯機、テレビ、石油コンロを買うのだ。

 

そして今年の正月。私はもう煮物しか作らない。お雑煮は作った。故郷では、はぜだしだけど、もう永い事あごだしにして上品にしている。

あーあ、よそ様の正月を送っている私。

| ふるさとの暮らし | 19:11 | comments(0) | - |
法華の太鼓
 山に山菜とり、栗拾いなどに入って、そのまま帰らない人がでると、私の父親が子供のころには、集落中で夜通し探しまわったという。

 

その時は、集落の家々から人が出て行列を組み、松明を先頭に、手に法華の太鼓を持って、いなくなった人の名を呼んでねり歩いたという。

 

江戸の近くにも迷い込むと出られない何とかの藪があったそうだが、奥羽山中の山深く、迷ったならば、谷に落ちたものか、狼に出くわしたか、神隠しか、山姥に囚われたのか、それは分からない。

 

「やっつおやーー、がんがらがん。やっつおやーー、がんがらがん。やっつおやーー、がんがらがん。」夜通しねり歩いて、探し続たという。

 

太鼓は、段々良くなる法華の太鼓。休むことなく夜通し探し続ける声が、遠く、近くに響いて、子供たちはそれを聞きながら寝入ったという。

| ふるさとの暮らし | 11:11 | comments(0) | - |
ぎんなん拾い

散歩道に、大きな岩が組んである崖があって、木々の枝が覆うその横に、いちょうの大木が一双立っている。その崖をみあげると、ふるさとの「石山」に似たそそりたつ岩肌をながめると、子供のころの、見上げた時の、怖いような、優しい人にあったような気もちがする。

 

このいちょうが沢山の銀杏の実をつけて、今、ぼた、ぼた、ぼたと落ちてくる。それをビニールの袋を二つ持って行って拾う。片っ方でぬるっとした皮に包まれた実を拾うやいなや、実を絞り取るようにしてもう片っ方の袋に、実を蓄える。

 

皮も持って行くようにという立て札がある。銀杏を包んでいる果肉様の皮がひどく臭くて、始末に困るからそれごと持っていけと言っている。

 

私は、そういう皮などは平気。慣れている。それより木の実を拾うのは何年振りか。

 

拾う先から、次の実が落ちているのが、それ、それ、それと目に入り、引っ張りこまれる。人目もあるので、何となくへっぴり腰で拾っているが、ぎんなん拾いによって、時間の先行きが限りなく続くようで、囚われるような、時のかなたに引き込まれてしまう。

 

これだから昔の人は、山の奥へ、奥へ、と迷い込んで、山姥に囚われるのだ。

| ふるさとの暮らし | 09:09 | comments(0) | - |
曽祖父の甥

子供達の遊ぶ様子を、石垣の上の窓から眺めおろしていた隠居爺さんは、最晩年には食べる事を拒否した。いまなら拒食である。

 

困った親類達が、うちの父親から話をしてもらう事に決めた。この人の娘が、うちの分家の叔父の妻なので本来なら叔父が行くところだろうが、もう叔父はとうに交通事故で先立っていた。

 

下駄をつっかけて出かけていった父親は、しばらくして帰ってきて「○○伯父の言う事も、そうなんだなあ」などと言って反対に説得されたようだった。まもなく伯父は衰弱して静かに逝った。

 

目だし帽をかぶって歩く人で、俳優のような、美男におわす、偉丈夫であった。

| ふるさとの暮らし | 08:24 | comments(0) | - |
お包み

婚礼など、宴席のごちそうは「お包み」にして帰る。いまなら Take out みたいなものだ。「お包み」の中の御馳走は、集落の家々の夕餉の膳にのぼり、その日は宴席の様子が集落中の話題を集める。おかずも少ない貧しかった頃の事、その日は大御馳走である。

 

もう一つ「お包み」と言うのがあった。それは学校でおもらしをすると先生が備えのパンツに着替えさせて、漏らしたパンツを風呂敷包みにしてランドセルにのせ、家に持ち帰らせてくれる。それを隠居爺さんが「お包み」と呼んでいた。

 

曽祖父の甥、うちの父の一回り廻った伯父にあたるその人が、集落の子供達が遊んでいる上、石垣の上の窓から日がな一日子供たちの様子を眺め下ろしていた。危ない事、ルール違反、ふざけ、けがなど、大声でたしなめたり、人を呼んでくれる。

 

「○○、このお包み野郎、危ねえど」とか言う。「お包み」をしょっちゅう持ち帰る子、頭に瘡蓋(かさぶた)が絶えない子、じっとしていない子、洟垂れ、そんな子供達みんなが仇名をつけられていた。また自分の幼馴染の孫を、自分が子供のころ遊んだ人の名前で呼んだりする。

 

松とモミジの大木の下のその庭には、やじろべえのような形の種子がたくさん舞い飛び、春には青いモミジの葉を透かして空を見上げた。庭土の上に大木の根が縦横に浮かび上がっていて、その間にみどりの苔がこんもりと生えていた。
| ふるさとの暮らし | 22:09 | comments(0) | - |
宴席

故郷の昔、親類に婚礼があっても、うちは父親は結核だったので宴席には出ない。その代わり子供が名代で座る。

 

ひいばあさんの実家で婚礼があった時は私が出る事になった。よそ行きの服を着せられて、祖母に手をひかれて向かった。道すがら祖母が宴席の作法などを言いつける。

 

まず、ご祝儀は祖母と一緒に並んで座って書き付けを書いている人に渡した。そして祖母は家のお膳のところに私を連れて行き、まわりに孫娘をよろしくと頼む。そしてすぐ台所へ入ってしまい、その日の料理を手伝い、仕切る。

 

お膳に並んでいるごちそうは、私が食べて良いのは汁物だけ。やがて盃が回ってくるので、その盃を受ける事。お膳の下に置いてある丼に、盃の中身の酒を空けて、盃を次々と受ける事。頭を下げてありがたく頂く事。難しい事は答えなくてもよいなどと祖母は言った。その日の花嫁は誰だったのかもう覚えていない。

 

その日は一大ハプニングがあった。

 

婚礼に備えて座敷を広くしたのか、二階への階段の上がり口をベニヤ板か何かで急ごしらえに塞いで、その下で広く宴席が繰り広げられていた。宴もたけなわ、歌い、踊り、賑やかとなり、私のお膳の下の丼も満杯になったころ、宴席の天井からバリバリと大きな音がして、大人の男の人の足が出てきて、泳いだ。

 

事情を知らない客人が、二階で床(宴席の天井)を踏み抜いてしまったのだ。

 

それっと、宴会の人達が二階に上がって(?)その足を引き抜いたようだった。怪我もなく、大笑いしたのかどうか、宴席はさらに続いた。

 

やがて祖母が台所から上がってきて、私と交代する。祖母はお膳の上ごちそうを経木(きょうぎ)に上手に包んでくれる。家族へのお土産、その「お包み」を大切に抱えて、私はひとり帰路に就く。それは幸せな気持ちだった。

 

帰って報告する私の話で家中がびっくり、大笑いになった。宴席の事はもうはっきりと覚えていないが、父親が「びっくりしたなあ」と言って私の頭をなぜてくれた。その感触を、今も思い出す。

| ふるさとの暮らし | 10:07 | comments(0) | - |
婚礼
故郷の昔、婚礼は何よりの楽しみだった。花嫁の到着を待って集落の人達は三々五々道路に出てくる。

白い割烹着の女衆が、人参の白和え、青菜の胡麻和え、煮豆などをいれた大皿持って、見物の人達にふるまうのだった。子供も、平手に受けて食べた。ご祝儀酒もふるまわれた。酒盃を手で振って払って次の人に手渡していた。

 

花嫁が到着し、少し離れたところでタクシーを止めて、長持ち歌とともに行列が婚家の門をくぐる。その2,300メートルくらいを、女衆と子供達は追いかけたり、ながめたり。

 

花嫁は一目瞭然、文金高島田に、両脇に仲人がついて裾や袂をつまんで並んで歩いている。花婿は皆と同じ黒い紋付羽織袴、独り歩きなのですぐにはわからない。それを足袋で見分ける。白足袋をはいていた。

 

箪笥長持ち歌が流れて、女が一人、家制度に捕縛される時だったかもしれない。

女たちは自分の婚礼とくらべたり、幼い娘たちは憧れの気持ちで、ささやきあってながめた。
白く化粧した、角隠しの花嫁さんというものは、ほんとにきれいだったと思いだす。

| ふるさとの暮らし | 11:56 | comments(0) | - |
 
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かなる(canal)は「運河」と言う意味です。以前の目黒川に面した6階の事務所から眺めると、目黒川がちょうど足下を流れているように見えて、まるで運河の上にいるようでした。それでベニスのグランカナールのイメージと重ねて、私達の事務所がいろいろな情報や物資を運び込むよう、21世紀の運河になるようにと名付けたものです。